僕は昔から『斜に構えたがり』だっていうこともあるんですが、
"よく歌のモチーフになってるもの"っていうものについてよく考えます。
曇り空のことを「今にも泣き出しそうな空」だとか、
寂しさを表現するための「会いたくて、会えなくて」だとか。
中でも、気持ちを引きずって街を歩いている間の
「彼女によく似た横顔の(髪型の、ベージュのコートの・・)」というやつ。
まぁ基本的に僕はこういう感じの物事に対して、
あんまりいい感情というか、まぁアレなんですけど、
この感覚と、
桂枝雀師匠のお噺の枕の話題がすごく僕のなかで結びついたことがありまして。
「まあ私にも子供の頃があり、今は親の役をやり、
そのうちおじいさんの役をやり、死の役をやり、
今は子供たちが子供の役をやっていますが、
またその子供たちも親をやり、おじいさんをやってというわけで・・」
すごく簡単にまとめるとこういう感じのことなんですけれど、
このある種達観の仕方にすごく目から鱗がこぼれ落ちたのです。
そう、今だって限りある役割の、
人生にいくつかしか果たすことのできない役割の、
その劇の真っ最中なんだと。
それは別に僕に限ったことではなくて。
この目から落ちた鱗たちが、
前述の「街で見かけた彼女によく似た・・」に繋がるわけですが、
それは『Role Playing Girl』という曲で最近バンドでやっているので、
それで何を言いたいのかというのはそちらを聴いていただくとして。
うかうかしてると、
今やりきらなくちゃいけない役が終わってしまって、
また手に負えないままの次の役が来てしまう。
大げさかもしれませんが、
そういうことなんじゃないかと。
自分の能力には限界があれど、
せめて精一杯その役をやりきって終えたいと。
感じられることをたくさん感じて、
生み出せるかぎりたくさんのものを生み出して、
死の役が来るまでには、せめてできるだけ。
と、
また誰にも喜ばれなさそうなことを書いたくせに、
2013年の2月末の僕の役割は
「インフルエンザなので自宅謹慎」という役名のようですので、
この辺にしておきます。
それもこれも、
GRAPEVINEの新曲が素晴らしいせいだ、ということで。
